加藤 豊 神父
「Hic et Nunc」、典礼用語である。「今、ここで」ということだ。
現在、使用されている「ミサ典礼書」中の4つの奉献文のうち、一番よく知られることとなった第二奉献文には次のようにある。
「まことに尊く、全ての聖性の源である父よ、『今』聖霊によって、この供えものを尊いものにしてください」(エピクレイシス:聖霊の働きを求める祈り)。
そして秘義を経て続けられ、
「私たちは『今』主イエス(子なる神キリスト)の死と復活の記念を行い、『ここで』あなた(父なる神)に奉仕できることを感謝し、命のパンと救いの杯を捧げます」と更に続く。
もとより、それ以前の「パンと葡萄酒を備える祈り」において、「神よあなたは万物の作り主『ここに』備えるパンは・・・命の糧となるものです」と、唱えられる。
「今、ここで」はまことに重要なキーワードとなっている。あの山でもこの山でもなく、エルサレムでもサマリアでもなく、「今、ここで」なのだ。
それゆえ、本来、霊と真理によって礼拝される神は遍在し、「どこ」とか「ここ」とか、人が示せるような特定の場所に存在するわけではない。イスラム教徒は、ある方向に礼拝するが、基本的に神の遍在についての考えにはキリスト教と相違なく、ようはキリスト教徒の「聖地」というカテゴリーに類する理解で自分のいる位置からメッカやメジナの方向に跪いた。
最近はパワースポットという言葉を聞くようになった。陰陽道のような発想である。ご存知の人も多いと思うが、例えば「江戸」は結界を張った都市だった。どちらかと言えば、もともと自然崇拝に親しい日本では、一者の遍在という見方はあまりせず、偏在するのはそれぞれの神々で、一者の遍在に関しては、日本ではむしろ「特定の場所」に思いを馳せる傾向が見られる。
伊勢神宮に行ったことがある。そもそもあの辺一体(伊勢志摩自然公園)がご神体の如しである。境内は「ゴミが落ちていない、というより、誰もゴミを捨てる気になれない」環境だ。ユダヤ教徒は、今も昔もやはり「エルサレム」という「特定の場所」に重きを置く。日本においてもそのような「特定の場所」に秘められた神聖は特別に捉えられてきたと思う。伊勢に内宮外宮が鎮座する以前の場所は「もと伊勢」などと言われる。従って、こういうところはユダヤ教の「何が何でも地上のエルサレム」という考えとは異なるであろうが、やはり「場所」である。
ところが、こうした「特定の場所」とは異なる礼拝の対象が、いつの間にやら庶民の間から急激に求められた。その意味で、それは純日本的とは言えないかもしれないが、そもそも自然崇拝や精霊信仰、汎神論的な多様な複数者の偏在と矛盾しないものとして、すんなりと入り込んできた。それは言わば日本における「hic et nunc」である。それは「稲荷」である。時と場所とを特に問わずに「稲荷勧請」が行われ、人間の側が用意したところに、神霊が降る。
皆さんは、小さな酒屋さんの台所口の近くに「祠」を見つけたことはないだろうか。あるいは、ビルの屋上に「祠」を見つけたことはないだろうか。いとも簡単にそこに霊が降る。何だか空恐ろしい。なぜなら、最後まで、その「祠」を大切にする気があろうとなかろうと、人は己の欲に舞い上がり、非礼な口約束でその場その時をやり過ごす。しかし、最後は粗末にしてしまう。
だから人々はかつてこう噂した。一代で財を成した成功者が、家を立て直す折に中庭の稲荷社を勝手に撤去したため、二代目で没落したのだと。感謝を忘れて、恩人を粗末にすることを醜いと感じる日本人の感性が、その噂話には溢れていると思う。「誰のお陰で」と振り返り、受けた恩をいつまでも忘れなければ、そういう人こそ尊いのだと。
ミサ(感謝の祭儀)は、もちろん普段は聖堂で挙行される。しかし、実際には、相応しいとされる場であれば、特定の場所は問わない。父なる神は遍在し、聖霊は何ものにも束縛されず自由に働き、それゆえイエスはどこにでも現存し、その現存の「しるし」がその後にようやく聖堂に安置される。最初からそこに限定されているわけではない。感謝の祭儀が捧げられる「時」が「何時であっても」それはその時の「今」なのであり、「特定の場所」以外の「どこであっても」それは「ここで」となる。
無闇に「稲荷勧請」とカトリック典礼の「Hic et Nunc」を結びつける気は無い。そういうことを諸宗教対話と呼ぶことにも抵抗を自分なりに感じる。とは言え正直に告白すると、「旧約聖書」の至るところに、「祝福と呪い」(特に申命記)は語られていて、言わば「神より賜った数々の『ご恩』を忘れてしまった「忘恩の徒」としてイスラエルの民の姿が描かれている」のを知らされると、やはり彼らもその信仰と人としての生き方の美しさの中で「ご恩」を忘れないことを徳としているように思えてしまうわけだ。
従って、この「今、ここで」何が行われていて、その行いは一貫して「感謝」に貫かれていると言えるのではないか。そして、それを忘れた時のことについて、かなり教条的に旧約は訴える。「忘恩」それは「罪」を犯すことになのか、「罰」が下ることなのか、「バチ」が当たるのか、「祟り」を引き起こすのか、と、数々の旧約的教条は、私たちの思考を立ち止まらせる。しかし、誤解を恐れずに言えば、そんな思考パターンもまた少々、ここで扱われる「感謝」というカテゴリーからは、本旨を欠いた受け止め方となろう。
それとは逆に積極的な視点で受け止めるなら、受けたご恩という大事なことを忘れないために、私たちは謙虚に振り返り、それによって「ご恩」に気付かされ、気付かされた「ご恩」を想い巡らし、そうすることで、この上ない恩恵を享受し、新たな気持ちで再び感謝する。というのが、連綿と続く「ご恩」に報いる者の幸いなのではないか。「心を込めて神を仰ぎ、賛美と感謝を捧げましょう」(ミサ典礼書「叙唱前句」)と、はっきりと実感を込めて言えるために、私たちは日々、振り返りをする。
以上が、庶民である私が「稲荷勧請」を例に取って日本の庶民を前にした際のミサ理解なのだが。