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進化する司牧的問題と諸宗教間で生きるわたしたち

加藤 豊 神父

 

 最近、自分が司祭になる以前のこと、つまり神学生だった頃のことをよく思い出す。

 

 いまは現役の(という言方でいいのか)神学生が土日に実習に来てくれているので、現在の神学院の状況などをよく聞くことが出来る。わたしは半病人なので、実習に来てくれている神学生にとって、せっかくの現場体験の時間も半ばわたしの重荷を背負わせてしまうような場面もあり、心苦しくも思うが、何より、神学院の現状についての話を聞く度、我が身を振り返る機会となっているのは、ありがたいことである。

 

 わたしの時代には、神学生がよく自主サークルを立ち上げていた。「ちょっと手話やってみよう」「沖縄(平和活動)研究会」
「タッチフット(ラグビー)同好会」、また、外国人神学生による語学習得のサークルや、「テゼ」のようなスタイルの任意の祈りの会など、わたしは数名の友人たちと「古典を読む会」という名の他宗教(キリスト教から見て)にも触れるちょっと変わったサークルをやっていた。

 

 メンバーの一人一人が紹介したい文献をもとにコメントし、皆であれこれと好きなことを言って過ごした。「古事記(触れたのはほんの少しの箇所だったが)」やら、世阿弥の「風姿花伝」やら、「野口シカ(野口英世博士の母上)の手紙」やら、勿論、神学院の司祭教授を招いて「トマス・アクィナスを易しく面白く語ってもらう」やら、小テレジア心酔していた学生の話を聞いたりと、カトリックの古典も扱ったことを付け加えておきたく思う。

 

 というのは、わたしをはじめ、メンバーは皆「ちょっと変わった奴ら」だっただけに、怪しげなサークルだと揶揄する者(もちろん「ちょっかい」ジョークな批判だが)が多かった(本気で危険視されていたというよりは「またやってるよ」と呆れられていた感じだったが)。

 諸宗教的な考察は、当時は授業においておもに「キリスト論」「教会論」など、教義学で扱われた。こういうと意外に思う人もいるかもしれないが、どこがどう違い、何が類似点なのか、を知るためには、むしろキリスト教理解を明確に示す分野でこそ取り上げられて当然だろう。おそらくちょっと見には、「人間論」や哲学分野、「倫理神学」のほうが、諸宗教的次元の言及を含んでいるだろうと思われているかもしれない。更に、このような「諸宗教的次元の問題」は、神学の世界の観念的遊戯でもなんでもなく、いまや(というか以前から)司牧の現場でのあからさまなテーマでもあろう。

 

 以前も何かに書いたであろうか。ドイツのケルン教区には、ムスリムとカトリックとの結婚、(これは大概トルコ系と地元のドイツ人との結婚だが)、その他、ニューエイジムーブメントに傾倒する人と、伝統的なキリスト教徒との結婚など様々なケースがある。かつてキリスト教徒しかいなかったところに、他宗教の人たちは沢山いる。エジプトには「コプト」のクリスチャンたちが、圧倒的なムスリムのなかでひっそりと暮らしている。

 

 日本はどうか、明治以降「信教の自由」はあるものの、なぜか(よいことではあるが)問題が少なすぎるくらいで、それについては日本人の性格もあるから一概には論じられない。そもそも幕府は「隠れキリシタンとして生きる」なら暗黙の了解で黙認し、地元のご住職たちは「この家は本当は隠れだったな」と知りつつ檀家廻りをしていたような国であった(基準の根底は政治に介入してくるのかどうかであって、背後にはスペイン・ポルトガルの姿が露骨だったし、それらのセンスを欠いていれば仏教寺院でさえも基本的には「隠れ」同様になった)。

 

 ただし、こんにちでも日本人キリスト者は極めて少数派で、しかも、これに東南アジア、南米などから、外国人カトリック信者が増えている。これを掘り下げれば、実は昔から日本人キリスト者と日本人非キリスト者との接触は当たり前のように繰り返されてきた。諸宗教はもともとアカデミックなものなどではなく、「家庭」における主題だったのだ。好むと好まざるとに関わらず「家庭内では対話が(どういう姿でかはともかく)余儀なくされてしまっている」と思う(今更いうまでもないが、加えて新宗教の台頭も考慮される)。

 

 しかし、どういうわけか「外国人司牧」と呼ばれる分野で、活動的な社会派の司祭たちも諸宗教的次元はアカデミックなものと考えている人が多いように思われる。

 家庭の問題に司祭個人が寄り添える限界は明らかだ。ただ、だからせめて異なる信仰を持つ家族からの相談について、その人たちが気がかりに思うことを多少はお答えしなければと思う。「故人はカトリック信者だったが、その遺品となった聖書や御像をどう処分したらいいのか」、「どうすれば罰当たりにならないのか」という問い合わせは本来多数だが普段は影を潜めている。遺族にとって「そもそもそんなことを聞くのも教会さんには御無礼かもしれない」という具合に気を使う方々もいる。

 

 そういうとき、遺族は「知り合いのクリスチャンに聞いてみよう」と思う人もいる。そして「聞いてはみたが解らなかった」あるいは「聞いてはみたが無理なことばかりだった」という結果が出る。キリスト者自身がこれらについて聞く機会がそもそもないのであろうと思う。

 

 だからといって神学生が「古典を読む会」などを再興し、かつてのわたしたちのように、ああでもない、こうでもない、ということが皆に参考になるものでもあるまいし、時代錯誤だろう。まして遺品の整理に纏わる遺族の声が授業中に取り上げられることなどない。それは教授が冷たい人だからでは決してない。もとよりそれらは「本質的問題ではないのに身近な問題」といえる扱いが難しい事柄なのである。

 

 いまわたしたちは、いったいどんな人から何を求められているかを「教会内における教会のためだけの煩瑣な集まり」(これは「場」の問題ではなく意識のベクトルの問題でもあるが)にあれこれと煩わされるより、静かに「想う」時間が必要なのではないか。